表現

通っていた中学校の影響で、学生のころから “合唱” がふつうの人より身近な興味の対象であるわたしは、気が向いたときに合唱の映像・音声を愉しむことがある。

先日も作業の合間の気分転換にとある合唱コンクールの映像を見ていたところ、演奏していた団体への審査員講評の一節にこんな言葉があり、思わず心を奪われた。

「私は『作品が悦ぶ演奏』という表現を好んで用いますが、(中略)この演奏をされたことでこの名曲の価値は一層高まったように思いました」

「作品が悦ぶ演奏」。なんて素敵な言葉なんだろう。その言葉だけで、作品への想いがこめられているというようすがこれ以上ないくらいに表されている。


自分は「作品が悦ぶ演奏」をできているかな?

11月25日のイベントに備えて“band.rb” というバンドのドラム担当1をしているわたしは、その言葉を目にして以来、練習のたびにそう考えるようになった。

band.rb の場合、演奏する曲はすべて今回のバンドのヴォーカル&ギターをつとめる 5t111111 のオリジナル曲で、メロだけでなくバンドアンサンブルすべての音源を作成してくれている。それをもとに各々が練習をしていて、自分としても「ここはもっと盛り上げるとよくなるかな?」などと考えたりしてくふうを加えている。

ただ、表現のために必要な自分の技術が足りないせいで曲のいいところを出しきれていない感じがいまだにする。「表現は技術によって成り立つ」。本番まで、あとわずか。

5t111111 の渾身の作品の「価値を一層高められるか」はわからない(願わくはそうしたい)けど、あんなかっこいい曲だもん、いちドラマーとして作品にしあわせと感じてもらえるようなアンサンブルの一端を担えたらいいなあと思いながら、日々スティックを握っている。