内臓摘出ダイエット

9月最後の連休の最終日。

いつものように夕方からバンド仲間とリハを行い、帰りがけに寄った飲み屋で演奏の反省やイベントの計画なんかを楽しく話しながらほろ酔いで帰宅し、休み明けの仕事に備える。

そんなわかりきった日になる、はずだった。

悪夢

9月25日火曜日、深夜 2:45 。腹部の中心を刺すような鋭い痛みにはっと目を覚ます。 寝ていて気づかなかった、パートナーからのメッセージに眠気と腹痛で意識半ばになりながら返信する。

「なんか今すごいお腹痛くて余裕ないので、朝になったらまた改めて」

なんて言ったものの、外が明るみを増してきてもいっこうによくなる気配がない。結局一睡もできないまま朝を迎えてしまい、これはおかしいと思って近所のクリニックに朝一で向かう。

(診察が済んだら仕事をしないと… 来週リリースだから休むわけにはいかない… でもさすがに出勤はできなさそうだから今日は在宅作業にさせてもらおうかな…)

待合室でうなだれながらそんなことを考えていると、診察室へ入るようにと名前が呼ばれる。 採血をして血液検査を待つ間に痛み止めの点滴を診察室の片隅で受ける。しかしそれでも収まる気配がない。どうやらおへその真横あたりが局所的に痛むようだ。加えてたまに胃液が逆流しそうな気配も出てきた。吐くかもしれない。

点滴が終わってもベッドの上で顔をしかめる私を見た先生が異常を察知し言った。「精密検査のためにもっと大きい病院へ行きましょう。紹介状を書きますから」

意識も足もともふらふらになりながら窓口で支払い。小銭なんて数える余裕もないから、とにかく紙のお金を探して出した。

大型病院での精密検査、そして

クリニックの先生が呼んでくれたタクシーに乗り込み近くの大型病院へ向かう。目的地に着くやいなや、右手に紹介状を握りしめたまま総合窓口に倒れ込んだ。用意された車椅子に沈み込む。精一杯の力で受付票を記入しおえると、私を載せた車椅子は枯れ木を運ぶ一輪車のようにゆっくりと動き出した。いくつかの角を曲がって、救急外来のベッドへ寝かされ、検査のときを待った。


内科、消化器科、婦人科…。私の横たわったベッドは、可能性の有りそうな科を端からすべて巡っていった。CT も撮った。レントゲンを撮るあたりで嘔気が突然襲いかかり、撮影の合間に嘔吐してしまった。

この精密検査ツアーの最中が痛みのピークだった。まったく手を緩めない怒涛の痛みに、本気で死にたいと望んだ。「死ぬほど痛い」じゃない、「痛すぎて死にたい」。こんな辛い痛みを意識のある状態で認識していたくない。死にたい。誰か私を殺してくれ!心の中でなんども叫んだ。呼吸がすべて呻きになっていた。額には汗が浮かんだ。

検査の結果はすぐに出ないが、とても帰宅できる状態でないことからそのまま入院となった。時刻は確か、15 時ごろだっただろうか。

衝撃の告知

病室が決まりベッドに移動してから、強めの鎮痛剤を点滴で投与してもらったおかげでその後痛みは少し落ち着いた。おそらくは内臓の異常による痛みだろうということから、食事は出ないことになった。

鎮痛剤が効いていたとはいえ、残る痛みは依然として強く、この日の夜もほとんどまともに眠れなかった。


夜も続けて抗生剤の点滴なども使ってもらったおかげか、精密検査ツアーのときほどの痛みはなくなった。が… 特徴的なのが、歩くと痛い部分に響いて、痛みが増すのだ。だからまともな速度で歩けない。近くにあるお手洗いに行くのも一苦労だ。それと、姿勢を変えると痛みが増す。仰向けから横向きになるとか、寝ている状態から起き上がるとか。要は、内臓が動いている状態が痛いということなのだろうか。内臓のどこかに、痛みを発している部分がある…?

痛みでなにもする気が起きずに、午前中から力なくベッドに横たわる私のところへ、担当の看護師さんが声を掛ける。 「消化器科の先生から病状についてのお話があるそうですので、いらしてください」

不安にかられながらナースステーションに向かい、先生の横に座る。 PC のモニタに検査結果の画面を表示させると、先生は言った。

「CT の結果と、より精密な血液検査の結果で、原因がわかりましたよ。 急性虫垂炎、いわゆる盲腸炎です。」

虫垂炎!!そんな立派な(?)病気、自分に縁があるとは思ってもいなかった。 あっけにとられて情けないあいづちを打つ私をよそに先生はさらに言葉を続ける。

「虫垂がだいぶ腫れているし、再発の恐れもあるので、手術をしたほうがいいと思っています」

手術!!?!?私が!? 現実感がなかった。夢かなにかだと思った。でも夢じゃなかった。刺すように痛み続けるお腹がそれを知らしめていた。

幸い、それまでに投与していた抗生剤もある程度効果を見せていたため、薬で症状を消すこともできそうだということから、今回について手術するか薬を使うかは私の選択に委ねるということになった。 しかし、実は今回ほどではないにせよ同様の急激な腹痛は過去に何度か発症しており、そのたびにパートナーや家族に心配をさせてしまっていたので、もう心配をかけたくないという気持ちから、手術を決意した。

心の準備

「手術にするのですね。では、早いほうがいいと思うので今日の午後にしましょう。」

思った以上にことは早く進んだ。善は急げとばかりに数時間後から手術が始まるという。15:00 から開始という予定が急遽決まり、家族にもそれを伝える。

緊張を紛らわすために差し入れでもらった漫画を読んでいたところ、14:15 頃に担当の看護師さんが手術着と T字帯を持ってきて言った。「14:30 からに早まりましたので、準備をして手術室へ行きましょう」

早まったってなんだ!!もう直前じゃないか。そう思う間もなく頭はいっきに緊張に支配されていく。

アクセサリーもすべてはずしてくださいと言われ、耳の軟骨にすずなりになったピアスを慌ててはずす。手に汗がにじんでうまくはずせず、看護師さんに手伝ってもらった。

「がんばってきてください…!」「いってらっしゃい!」

黄色い手術着を着てことさら目立つ私に、まわりの看護師さんが口々に声をかけてくれる。そうか、「いってきます」なところに、これから行くんだ。ようやく手術の実感がわいてきた。

手術室にて

看護師さんの付き添いのもと、職員専用のエレベータを乗り継いで手術室の階についた。そこは扉も廊下もあまりにも無機質でよそいきの顔からは程遠い、まるで地下研究室のように鉄臭くて薄暗い空間だった。

自動扉を通ると、部屋と部屋の間のような狭い空間に、マスクとキャップをした先生が6名ほど雑談をしながら待機していた。緊張を和らげるためなのかバックでかすかにクラシック音楽が流れていた。

私が入室するのを見ると、中央に置いてあるパイプ椅子に座って待機するよう促す。そのあいだに担当の看護師さんと先生が申し送りを行っているようだった。

待機していた先生のうち一人は事前に病室まで手術の説明をしにきてくれた麻酔科の若い女性の先生で、事前にそのときしか会ったことがなかったというのに、その場に “顔見知り” がいただけで、私の心はずいぶんと緊張がほぐれたのを覚えている。

本人確認と手術の概要の説明を受けたあと、狭い空間の奥の自動ドアを開けて先に案内される。それまで以上に道具が雑然と置かれた廊下を10メートルほど歩いていくと、左手にわたしの名前が書かれた札が入り口に貼られている部屋があった。

(ここが私の…。)

中に入ると、高い天井と広い幅の部屋の真ん中にちいさくベッド…というか、横たわるための台が待っていた。機器がたくさんあって実験室のようだ。ここではゆったりとした男性ヴォーカルのジャズが流れていて、その体験の “特別感” をより醸し出していたように思う。ここでの緊張感は思い出すとけっこうゾクゾクして、また体験したいとさえ思わせる高揚感があった。

台に横になると、複数人の先生によっていっきに準備が進んでいく。手足を固定する人、脳波のモニタを取り付ける人、保護材を体に塗ってくれる人。ここまで有無を言わせない流れで作業が進み、ああもうどうがんばっても逆戻りできないところまできてしまったのだなという感覚になった。もう、麻酔が怖いとかいう場合じゃない。

男性医師のひとりが「酸素マスクつけますね」といって顔の前にマスクを差し出した。酸素とはやたらと息苦しいものだなと思い息を吸うと、頭に霧がかかったように思考の自由が効かなくなる。酸素、だけじゃない。

「頭がぼーっとする感じあります?」

同じ男性医師が尋ねるのに対して、声も出せず目を閉じたままうなずく。

「ではこれから本格的に眠くなりますね」

麻酔科の女性の先生の声がする。ああ、ついにくるのか… そう思った数秒後、私の記憶は途切れた。

手術後

「終わりましたよ」

麻酔科の先生の声で目が覚めた。そこはさっき入った手術室だったが、もう可動式のベッドに乗って、来た道を戻っているようだ。

終わってみればあっという間だったし、麻酔だからといっておかしな感じもなく、ふだんの夜寝るときと同じように「寝ていた」。

駆けつけてくれた母と妹の顔を認識できたものの、麻酔が完全には切れておらずうまく反応できない。寝ぼけた状態で「夢の中でもコード書いてたわ…」と妹に言った(らしい)。

そのままもとの病室に運ばれ、ベッドに戻される。夢うつつでぼんやりしている私に気を遣ってくれた母と妹はそのまま帰宅した。

時が経って麻酔の効果がなくなってくると、手術の傷の痛みとともになにやら体の中心が痛いような違和感が強くなってくる。そう、尿管カテーテルだ…自分の意思で排泄に行けないので、尿道に直接管を挿して尿を出すようにしてくれているのだ。

次第に戻っていく感覚を通してだんだんと現実に戻りながら、お腹の傷の存在に直面していった。今や、私の下腹部には3つの傷が、筋肉を貫くみっつの傷ができたのだ1

この傷がまたびっくりするくらい痛くて、まだ手術後3日ではあるがとても以前の生活と同じように過ごせるようになる気がしていない。お腹を切ったあとの痛みとのたたかいはまた別の機会にも書くことがありそうなのでここでは深く触れないことにするが、ともかく「手術前も激痛、手術後も激痛」というのが今回を通しての印象である。

かくして、私の人生で初めての全身麻酔と手術のときは無事に終わりを迎えたのだった。

体験記の終わりに

痛みが発症してから手術が終わるまでの様子を残したくてこのように書いた。個人的には、麻酔が切れたあとも腰痛や肩こり、傷自体の痛みなどで本当に辛い思いをした(している)ので上に述べた文はあくまでも体験の一部なのだけど、特にドラマチックだった部分をまとめておきたかったので書けて満足した 😤

今回の体験で感じたこと。

まず、手術自体は怖くない。特に私は全身麻酔という「人間の体の仕組みを逆読みして薬で意識をなくす」という行為に未知の怖さを感じていたのだけど、なにも怖いことなんてなかったし、そんなことを心配するのはナンセンスだということがわかった。ただし、術後の生活は残念ながら楽ではない。

それと。虫垂炎をなめてはいけない。いらない器官が腫れただけでしょ?なんて思ってはいけない。実際、放っておくと命にかかわるらしいから。(私は切除したのでもう一生その心配はないが。)

そして。もう怖くはないけど、できることなら二度と手術はしたくない。でも一方で、まだやったことがない人は若いうちに一度くらいはやっておいたほうがいいかもしれない。そうすれば、「もう手術後の生活なんてできるかぎりしたくない」という思いから、自分でコントロール可能な範囲での健康管理は本気で真剣にやりそうだから。


  1. 腹腔鏡下の手術のため。