Agile Japan 2016 に参加してきた #agilejapan

2016 年 5 月 31 日、浅草橋で開かれた Agile Japan 2016 に参加してきた。アジャイル関係のイベントに参加するのは、おととしの XP 祭り以来 2 度目かな?平日昼間の開催にもかかわらず参加者は 400 名!!!すごい迫力だった 😳

それぞれのセッションの内容については後日公式レポートが公開されるそうなのでそこには触れず、個人的に印象に残ったお話についての感想を(今回も長々と)綴ってみた 👻

なんで参加したかったのか

少し前に、とある親しいエンジニアと飲んでいたときのこと。

その人が仕事をしている会社では最近スクラムを取り入れることになったらしいのだけど、なにせ実績もないしスクラム経験者もいないので期待どおりに機能せず、それどころか状況が悪くなる一方だという話を聞いた。

勤め先では当たり前のようにアジャイルな開発スタイルに身を置いているわたしは、思いつく限りの打開案(というほどちゃんとしたものじゃなかったと思うけど…)を出してみるのだけど、それらはすべてとっくに試してみたとのことだ。そこでさらに色々と訊かれる一方でマトモに回答できないまま慌てふためいて感情的になるわたしに対して、その人はこういった:

「きみの話からは、なんの答えも出ない。」

ぐうの音も出なかった。だって本当になにも答えになってなかったんだもん、自分が一番よくわかってた。ちゃんと原理を理解して(いるつもりで)プラクティスに則って(いるつもりで)ソフトウェア開発をしてきて、確かに間違ってはいなかったしうまくいってはいたかもしれないけど、なんだ、目の前の困っているひと一人の力にさえなれないんじゃないか今のわたしは。

もしかして本当はちゃんと知らないんじゃないか?本を読むのも大事だけど、もっともっと、自分から活きた情報を知りに行くことが必要だ。そう思ったわたしは、アジャイルな世界に生きるいろいろな人たちの考えを体で感じたくて、今回のイベントに参加することを決めた。

(たぶん↑のセリフを言った本人もこの記事を読んでくれている…気がするので念のため言っておくと、こうやってちゃんと言ってもらえたことにわたしは心から感謝してる。だって自分をよりよくするキッカケをくれたから。だからこれからも思ったことをそのまま口に出してほしいと思ってる。ありがとう。)

印象に残ったお話

さて、先ほど書いたようにここからは個人的に印象に残った方々のお話に対して一方的に感想を書いていこうと思う。今回挙げさせてもらったのは、平鍋さん、Joe Justice さん、そして牛尾剛さんの 3 名です。

平鍋さんのセッション

アジャイルは本当に日本のソフトウェア開発を変えることができるか?

まずはなんといっても平鍋健児氏 a.k.a. 弊社社長 である。

平鍋さんのアクティビティは、社内で会って話すときか Facebook を通してでしか知らなかったので、こういった外部のイベントで実際にどういうお話をしているのか、どういうことをしているのかにとても興味があった。

念願叶って今回参加者として見る機会を得たわけだけど… そこにいた平鍋さんは、”いつもの” 平鍋さんと変わらなかった!

これってすごいことだと思うんだ。わたしはちょっと前まで「仕事してるときよりコミュニティ活動してるときのほうがたのしそう」と言われることが多々あって、それがすごく大きなコンプレックスだった。こんなこと言うと身近な人たちに心配かけちゃいそうだからちゃんと書いておくけれど、仕事もすごくたのしく感じてるんだ。ただきっと技術的に未熟だったりするからいつも難しい顔をしてるんじゃないかなあ、 poltergeist むずかしい〜〜とか…。とはいえ、ハッピーオーラをいつも出してるようには見えないっていうのは確かだということだから、なにかきっと課題があるんだろうと思う。(悲観してるわけじゃなく、前向きにそう思う)

平鍋さんは、そんなわたしにはない「なにか」があって、いつもエネルギーに満ちあふれているように見える。もちろんこの日もそう。そういうところがすごくかっこいいなあと思う。

あと、平鍋さんの話のしかたがわたしはすごく好きだ。気持ちがそのまま伝わってくるような、それでいて寄り添うようなその話しかたに感動したわたしは、以前「平鍋さんは、話しかたを特に研究したり、どこかで習ったりしたことがあるのですか?」なんて、今思うとチョット失礼なことを訊いたことがあるんだけど、平鍋さんは「いや、ないな〜」と言っていた。

数えきれないほどの講演の中で無意識的に!?身につけられた技術なのかもしれないけれど、根本的にはきっと、「相手に伝えたい」「相手を理解したい」という気持ちがあってこそなんだろうなあ、と勝手に予想してる。

…あれ、話の内容にあんまりふれてなかったな。:seenoevil:

Joe Justice さんの基調講演

基調講演1:スクラムがイノベーションを加速する 〜ソフトウェア以外にも適用されはじめたアジャイル〜 Joe Justice 氏

基調講演の後、午後一番で講演をしていた平鍋さんが、自身のお話の冒頭で

「みなさん、Joe さんのお話いかがでしたか?ソフトウェア開発ではない世界(ハードウェアからワイン工場まで!)の話だから、あまりにぶっ飛び過ぎててびっくり!ってなっちゃったんじゃないかなって思ってたんですけど」

と言っていたけれど、わたしは “どんな業界でも、「より良いものをよりすばやく(==効率よく)お客さまに届けたい」という思いは変わらないんだ!” という共通点に感動して、講演を聴けてよかったなあと思っていた。

とある先輩から「ソフトウェアは手段のひとつにすぎない」という言葉を聞いてからわたしは、日々のソフトウェア開発で「技術を使うことが目的化していないか?」と自分に問うことが多くなった。

Cucumber が好きだからそれでテストを書く!あの JS ライブラリがハヤってるから使いこなしたい!っていうのが最終的な目的地になってしまって、「そもそもなにを実現したいんだっけ?なんのためにそれを使うんだっけ?」ということを忘れがちな自分にはっとする。

もちろん、「より良いものをよりすばやく届ける」ための手段として認識して使うぶんにはまったく問題ないと思う(それがわたしにとっての “技術者の正しい姿” )のだけど、わたしはどうもその手段を習得するところで満足しようとしている、あるいは実際に満足していることが多いように感じる。Joe さんには、そんな自分を改めて戒めるようなお話をしてくれたことをすごく感謝してる。

ちなみに Joe さんは 2017 年 6 月に東京でスクラムのレッスン(?)を開くそうです。まる 1 年先だけど、行ってみたいなあ。

あと、あれくらいゆっくりと喋ってくれると、英語でもちゃんとその場で聞き取れて理解できる!ということが実感できたのも、想定外の収穫だった ✌️

牛尾剛さんのお話

文化の壁をぶち壊せ!日本でも出来る本物の DevOps ジャーニー!

このセッションを聴くまで、恥ずかしながらわたしは牛尾さんのことをまったく知らなかった(後から調べたら超有名な方だと知って自分の無知ぶりをほんとに恥ずかしく思った)。なんとなくセッションのタイトルに惹かれて開始ギリギリにすべりこんだ会場は満席間近で、入り口近くにあったわずかな空席にあわてて駆け寄った。

腰を落ち着けて前を向いたが早いか、突然

「デブオプス!!!!!!!!」

と割れんばかりの掛け声が。そして、 DevOps のコールアンドレスポンスがはじまったのだ!

なにが起きているのかわからず「!!??!?!」と思いながら前方でマイクを持ったその人に目を向けた。その人こそが牛尾さんだった。その時の衝撃(?)は当日のメモにもシッカリと残っている。

agilejapan2016

だって本当におもしろかったんですよ。すごく素敵でびっくりした。

日本と日本以外(特に欧米)との文化や価値観の違いについてはソフトウェア業界でなくてもよく耳にする話だけど、あれだけの説得力をもって話を聞かせてくれるのは実際に文化が違う人たちと共に仕事をしてきた経験があってこそなのだろう。あんなに興味深い話をたくさん聞くと、自分もそんな中に身を置いてみたいなと思ってくる 💓

わたし自身は “Be lazy” が超苦手、というか真逆の思考を信仰している典型的な日本人のタイプ(もしかしたら行き過ぎてるところさえあるかも)なので、話を聞いているあいだずっと動揺していた。仕事ではトレードオフスライダーを意識してるのに、自分の人生ではまったくそういうことを考えられていなかったことに気づいて、すごくショックだった。

牛尾さんのセッションが終わって会場を出てからすぐにわたしは、牛尾さんの発表で引用されていた「エッセンシャル思考」の電子書籍を買った。アジャイルを通り越して、わたしの生き方にとってものすごく影響力のある 30 分間だった。あー、直接お話してみたかったなあ。

おわりに

こうやって書いてみてもわかるけど、心を動かされる話というのはたいてい「自分にはないものを感じるから」のようだ。逆に言うと、人の話を聞くことで「自分にはないもの」がわかるということだから、いろんな人の話を聞く(話をする)のはやっぱり大事だなあと感じた。

最近ちょっと出不精になっていたので、もちろん誰かの力になるためにもだけど、なによりも自分のために、もうちょっと積極的に人と話す機会を作ろう、と思ったのでした。

そして、すばらしいイベントを開いてくれた実行委員のみなさま。ありがとうございました。